浄土宗椿西派に属し、山号を巨徳山、院号を光明院という。境内面積は2300坪、本尊は阿弥陀如来立像である。
 寺伝によれば、延応年間(1239-40)に記主禅師然阿良上人(浄土宗第三祖、鎌倉の光明寺を開いた上人)が当国巡遊のとき、多くの人々に日々説法をしていた。当時、小見川城主であった粟飯原式部大輔胤秀公は良忠上人の徳の深いことを慕い、折りにふれ浄土の説法を聴聞して深く仏道に帰依し、上人を戒師と仰ぎ浄土宗の血脈を授かり、建長2年(1250)に当寺を開創したとされている。
 境内には、本堂のほかに地蔵堂・山門・庫裡などがある。
 また、本堂には県指定有形文化財の鬼来迎(死後の世界、地獄の恐ろしさを説くとともに、民衆に阿弥陀如来の浄土信仰の尊さを説いた)の用具、能面25点、縁起古文書3幅が大切に保存されている。
 閑静な佇まいを残す古刹である。

浄福寺由緒

供養塔

子安地蔵菩薩

浄福寺山門

浄福寺本堂

山門に掛かる巨徳山の扁額

馬に跨った観音菩薩の馬頭観音

戦没者之霊位塔

地蔵菩薩立像

地蔵経一万部供養成就塔

地蔵堂に掛かる地蔵堂の扁額

六地蔵尊

地蔵堂