板碑とは、中世の供養塔の一つで、先祖の供養や自らの生前供養である逆修、また講による民間信仰的な月待・庚申待ち等のために造立された卒塔婆である。
 板碑は、嘉禄3年(1227)の初見から16世紀末までの間、全国各地に数多く造立されている。千葉県内には、県西部に緑泥片岩製の武蔵型板碑が、香取郡内を中心とする県東部には黒雲母片岩製の下総型板碑が分布している。
 この板碑は、昭和44年に佐原市香取の惣持院跡で出土した下総型板碑である。増高153㎝、幅33㎝~51㎝を測り、下部は造立時に安定させるために根塊状に膨らむ。頂部には面取りを意図したのか山形の線刻を施す。上部より二条線、天蓋、阿弥陀種子、蓮座など初期の下総型板碑の特徴を示している。「光明遍照・・・」 の文は 「観無量寿経」 を出典とし、正元年間から応安年間にかけての下総型板碑に見られる。現在、「正元元年」 の紀年名をもつ板碑は、この他、佐原市地福寺で2例、同市密蔵寺で1例、香取郡小見川の長泉院墓地で1例確認されている。初期下総型板碑の形状は、嘉禄3年に発生する武蔵型板碑の影響を強く受けている。

惣持院本堂

手水石

本堂に掛かる惣持院の扁額

観音堂?

宝篋印塔

板碑説明

弘法大師像

板碑群