地藏菩薩

 坂部善光寺は、地元の三田家11世医師三田柳庵氏が明治5年に善光寺別当大勧進より一光三尊弥陀尊像をお受けし、開眼供養したことから始まる。
 明治28年には三田柳庵氏から同寺建設用地を提供され、地元有志によりお堂を完成させ、併せて善光寺別当大勧進に寄進された。 それとともに地元信徒の賛同を得て、善光寺講を結成し、戦後の混乱期まで法燈を守ってきた。
 昭和22年、本堂の傷みも激しく、一旦本堂を取り壊し、仮建物内に弥陀尊像を仮安置した状態が続いてきたが、昭和61年、本堂跡に建てられていた坂部公民館改築、 同時に老人憩いの家建設の計画を機に、仮安置のままであった坂部善光寺本堂の再建とともに坂部善光寺の再組織が図られた。
  さらに坂部善光寺の再建をより強力に推進するとともに、同寺を地域の人々が末永く支えお祀りしていくために同敷地の所有権が善光寺大勧進から坂部善光寺講に譲渡され、その後坂部区にされた。   坂部善光寺

是ヨリ三番ヘ十六丁 (左側面)

尾張三弘法舊霊札所 (正面)

坂部善光寺解説

御堂に安置された一光三尊弥陀尊像

手水石