この石畳は、江戸時代幕府が近郷集落の助郷に命じ、東海道金谷宿と日坂宿との間にある金谷峠の坂道を旅人が歩き易いように山石を敷き並べたものであると言われています。 近年、僅か30mを残す以外は全てコンクリートなどで舗装されていましたが、平成3年、町民約600名の参加を得て実施された 「平成の道普請」 で 延長430mが復元されました。
 いま、街道の石畳で往時を偲ぶことができるのはこの金谷坂のほか、箱根峠、中山道十曲峠の三箇所だけとなりました。
  島田市教育員会

地蔵祠脇の金谷坂石畳解説

地蔵祠

地蔵祠に掛かる仁誉地蔵尊の扁額

仁誉地蔵尊

振り返ると富士山が見えていた