「裸一貫から南洋のデパート王」 となった繁蔵は明治27年青島村のこの地に生まれました。
 青島小学校、育英学校に学び、21歳でインドネシアのスマトラ島に渡り大信洋行を興し、雑貨貿易商として成功し、更にスラバヤに千代田百貨店を経営し隆盛を極めましたが、太平洋戦争でやむなく日本に引き揚げました。
 戦後、衆議院議員に当選し、国や郷土の為に貢献されたが、昭和50年、81歳の生涯を閉じました。
 石標に刻まれた 「希望に起き、感謝に眠れ」 こそ繁藏の尊い信条でした。

岡野繁藏説明

内瀬戸谷川に架かる稲川橋

岡野繁藏出生地碑