満蔵寺の由来
 満蔵寺は、元弘元年(1331)春、京都より児嶋中将範長の三男児嶋七郎高久が駿河国稲川の森に住し、29歳の時宝楽寺5世知然法師の密法をうけ、延元2年(1336)暁居和尚と改名し、延命地蔵菩薩を本尊とし草庵を創建したのが始まりであります。
 当寺の御本尊である地蔵菩薩は、奈良時代の僧・行基の作と伝えられております。

文殊菩薩・普賢菩薩の由来
 応仁の乱が続いていた頃のことです。楠木正成の子王行は家宝の三尊仏が戦火で焼失することを恐れ、それを奉持して焼津の浜に上陸しました。正平2年(1347)秋10月の真夜中、その内文殊菩薩・普賢菩薩を唐柩に納め家山に上る途中当寺の山門を叩き、「京の都は戦いが続いており、この二菩薩が兵火にかかるのを見るに忍びず背負って参った。我ら一族の生還は期せられない。家宝の二仏をこの寺に奉納するので永く祀ってほしい。」 と念じ、去ったと伝えられております。住職はこの二仏が楠木家家宝の文殊菩薩・普賢菩薩であることを知り、別堂を建て、後に勢至菩薩を合祀し、三尊仏として祀りました。当寺にお祀りしてある文殊菩薩・普賢菩薩は、知恵を授け、善行を教え、国家安寧、海上安全も守護しております。

 

満蔵寺由来碑

金毘羅大師

増田次郎胸像

常夜燈に刻まれた六地蔵尊

布で作ったダルマが掛かっている

三仏堂の外陣と内陣を区切る格子

御堂に掛かる三佛堂の扁額

左から文殊菩薩、勢至菩薩、普賢菩薩

満蔵寺本堂

本堂に掛かる暁居山の扁額

三仏堂