手水舎

 当社は嘉永6年(1853)6月、当時悪王子神社(現依田橋左富士神社)の氏子であった東町(現東通1・2丁目)の住民が牛頭天王をこの地に勧請し牛頭天王社として創建した。神仏習合時代、牛頭天王と須佐之男命は習合され名を天王さんと称し、除災、疫病退散の神として崇めていたが、明治元年神仏分離の政令により、名を八坂神社、祭神を建速須佐之男命と改め現在に至る。

八坂神社由緒

 八坂神社は、東本通り1・2丁目の氏神として祀られています。2日目の朝、浜降りに行き潮水を汲んできます。潮水は神輿にかけたり各戸に配ったりします。各戸に配布された潮水は神棚等に供えられます。神輿には大量の笹の束が備え付けられ、氏子たちは厄除けとしてその笹を神輿から取って家の玄関先などに飾ります。
 神輿の渡御は、近年までは八幡宮氏子の東本通り3丁目と相互に協力して行っています。また、隣接する山神社氏子の各町内と町境の辻で激しく競り合う 「けんか神輿」 に加わって観衆を沸かせます。
   (富士市教育委員会)

八坂神社本殿

八坂神社鳥居

吉原祇園祭