三枚橋城は、戦国時代の天正年間に武田勝頼が築いたと伝えられる城郭です。それ以後、松平康親・康重や中村一栄が在城し、江戸時代の初期に大久保忠佐を最後の城主として廃城となりました。
 城郭の中心部は、現在の中央公園付近に位置しており、それより北側には、約160年を経た江戸時代の安永年間以後、古城跡を利用して新たに水野氏により沼津城が築かれ、明治初期まで存続しました。
 三枚橋城の規模は、沼津城よりも大きく、この位置がその南端に当たり、狩野川より西に延びる城郭の外周を巡る外堀が築かれていました。
 平成6年にその外堀跡が発見され、発掘調査が行われました。この石はその石垣に使用されたものです。この石の位置が外堀のほぼ中心を示しており、この下には今も堀跡が埋もれています。

三枚橋城外堀跡碑

三枚橋城外堀説明

歩道上にいくつかオブジェがある