忠魂碑

忠魂碑

十字路手前の地蔵堂

十字路にある西行屋敷跡案内

大江東北自治会館脇の石仏

伝、西行屋敷跡碑

 西行法師は、俗名佐藤義清といい、百足退治の伝説で知られる俵藤太(藤原秀郷)の後裔で、鳥羽上皇の院御所を警護する北面の武士であったが、23歳のとき出家し、諸国行脚を重ね、仏道修行と歌道に精進した平安末期の代表的歌人だが、一時この大江の地(瀬田小学校の南の忠魂碑の近く)に住んでいたという伝説がある。