栗太郡志等に 「この施設は和迩村榎の庄屋岸岡長右衛門が、湖西和迩村の牛場で老廃牛馬の打はぎをしている様子を見て、その残酷さに驚き、これから老牛馬であっても息のある間は打はぎをすることを止めるようと呼びかけ、天保12年(1841)4月当地が東海・中山両道を集約する草津宿の近くであることから、ここに老牛馬の余生を静かに過ごさせる養生所を設立、県下の老牛馬を広く収容された」 と記されている。
 治田学区心をつなぐふるさと創生事業実行委員会

牛馬養生所跡説明

史跡牛馬養生所跡碑