まちの成り立ち
慶長13年(1608)有松は東海道の鳴海宿と池鯉鮒宿の間に尾張藩によって開かれました。東海道を往来する旅人の土産物として絞り染め(有松絞り)が考案され、以降、有松絞りとともに有松のまちは発展しました。
町並みの特徴
東海道約800mの区間に沿って、広い間口を持つ絞商の主屋や門・塀が数多く見られます。また、江戸後期から昭和前期までの様々な時代の建物がみられ、全体的にゆったりとした印象の町並みとなっています。
有松伝統的建造物群保存地区説明
町の南側に桶狭間古戦場公園があり、周囲にゆかりの神社仏閣がある。
有松桶狭間めぐり案内
有松絞は尾張藩の移住奨励策により、慶長13年(1608)知多郡阿久比庄より移住してきた竹田庄九郎が創始したといわれる。
築城工事で名古屋へ来ていた豊後国(大分県)の者が着用の絞り染め衣類にヒントを得て、九々利染の手業を考案し、研究の末、馬の手綱まで作った。寛永18年(1641)二代藩主徳川光友に献上、さらに将軍綱吉にも献上された。
また、豊後の医師、三浦玄忠の夫人が、国元で覚えた括り絞りの技法を村人に伝授し、育成に貢献した。今に伝わる三浦絞りである。
その後、二代庄九郎の時に三浦絞の新しい染を開発し、また藩の保護もあって急速に発展した。
(名古屋市教育員会)
竹田庄九郎の顕彰碑
絞中興の祖鈴木金蔵翁紀功之碑
有松絞開祖竹田庄九郎之碑
有松絞説明