稲荷社
弁財天と書かれた龍神社
この神社は、社伝によると平安末期の創立で、もと飯綱社といわれ、今の境内後方の山上にあった。
その後、現在の地へ移り、さらに琴平社を合祀して、大綱金刀比羅神社となった。かつて眼下に広がっていた神奈川湊に出入りする船乗り達から深く崇められ、大天狗の伝説でも知られている。
また、江戸時代には、神社前の街道両脇に一里塚が置かれていた。この塚は、日本橋より7つ目に当たり、土盛の上に樹が植えられた大きなものであった。
大綱金刀比羅神社由緒
石灯籠と御神木の松が横たわる
金比羅社内部
金刀比羅社拝殿
弁財天
荒神社
御神木の松から彫りだした天狗面
手水石
参道石段