常夜燈

供養塔

南無阿弥陀仏名号碑

虫歯地蔵

 その昔、山中新田の旅籠に巡礼姿の旅人が泊まった折、急に腹痛に襲われ世を去った。この旅人が死ぬ間際に 「私を地蔵尊として祭って下さい。そして芝塚を積んで、私の故郷の常陸が見えるようにして下さい。そうすれば村人の健康を守ってあげます。」 と言い残したという。
 村人は旅人の言ったとおり地蔵尊を祭り、毎年7月19日を縁日として供養するようになった。それに合わせて 「小麦まんじゅう」 をつくり、参拝に来た親戚の者を接待したが、その味が大層よかったので有名になり、一般の参拝者に売られるようになった。
 この祭りには江戸時代、沼津方面からも大勢の参拝人が集まり、賽銭とよく売れた 「小麦まんじゅう」 の利益とで、一年間の山中部落の費用が賄えたと言われている。
   (三島市教育委員会)

地蔵堂の前の地蔵尊

芝塚

芝切地蔵尊

芝切地蔵由緒

地蔵堂