元亀3年(1572)6月、郷の庄司内田兵庫源政親が牛頭天王社を草創勧請したものであるが、いつしか社殿敗穣眞躰の神器は草もうの中に散在し、止む無く地中深く埋め、祭祀を缺くこと二百年に及んだ。内田氏の末葉内田左衛門源政利これを憂い、元禄元年(1688)矢部村庄司河原氏の霊夢により土壌を起し、眞躰を得て、その再興をはかり祭祀を行った。明治初年、八坂社と改め、更に昭和7年9月19日八坂神社と改称した。祭典は7月7日14日まで行事は7月14日無病息災を祈願して行われる。お礼さまは、町内男子10名が女装し、渋団扇を打ち原始的踊りをしつつ5色のお札を中天に撒く。

八坂神社由緒

文政10年(1827)の御正體出現地碑

文政10年(1827)の詠大御祭歌碑

お札まき

社務所

手水舎

吽形の狛犬

阿形の狛犬

八坂神社拝殿

安政2年(1855)の庚申塔

天保12年(1841)の常夜燈

明治天皇東行史跡碑

境内社の稲荷社