江戸から奥州街道をたどり、白河城下の入口にあたる町が新町です。一番町・二番町・三番町・七番町・九番町の五つに分けられています。
江戸時代初期、会津領時代の城絵図には 「鉄砲町」 とあり、初代白河藩主となった丹羽家時代の絵図では 「足軽町」 とあります。
このことから、当所は新町が江戸側の防御の役割を担っていたことが推測されます。後に町人が中心の町になっても足軽屋敷が点在していたのは、その名残りと考えられます。
町名の由来は、「白河風土記」(1805年完成)によれば、いつ頃よりこう称されるようになったのかは不明であると記しています。また家数は202軒とあります。
明治14年(1881)創業の呉服店・奈良屋
奥州街道沿道地図
新町解説