木製道標
コンクリート橋
石柱道標
水根集落への道は明治37年(1904)まで中山集落経由の不便な旧道だけでした。明治35年奥平周作氏の発議によって衆議一決、自らも大金を投じ有志の拠金・用地の寄附・労力奉仕と篤志者の寄付金によって2ヶ年の歳月をかけ鎧塚~水根間950m・幅員1.8m・高低差150mの水根新道が開設されたのです。 (奥多摩町教育委員会)
小さな滝になっているタキノリ沢
水根新道の碑
水根新道解説