ここは、江戸時代に館林町の検断職を務めた青山家の屋敷があった場所です。この門は、木造桟瓦葺き、薬医門形式の門で両側に同じく木造桟瓦葺きの袖塀の一部が附き、旧青山家の屋敷門の一部であると考えらています。
 検断とは、本来、保安・警察的行為や刑事的事件などを指す言葉で、その任務にあたる役職を検断職といいましたが、近世になって町の支配役人の職名になり、町奉行と町年寄りの間にあって、役所(藩方)と町人(町方)の間を取り持つ町役人のことを指すようになりました。
 館林町では、青山家と小寺家が世襲し、月番でその職を務めてきました。
 城下町 「館林」 の歴史において、町方と藩方の様子を伝える歴史的価値の高い物件です。なお、平成14年に痛みがひどくなり、大きく傾き、倒壊の可能性が出てきたことから修理を行いました。門内にある瓦、基礎などはその際に採取したものです。
(館林市教育委員会)

町検断の門

旧青山家屋敷門

町検断の門標柱

町検断の門説明