約600年前に現在の入間市宮寺地区で最初に建てられた。時代が下り江戸時代に入ると、日光東照宮の火の番や警備を八王子に住む旗本達がする事となった。その旗本達が日光までの移動する為の街道のインフラ整備が行われたが、この二本木地区にもその一環として二本木宿(馬と人足を常駐させる施設)が作られた。それに伴い、多くの人間が二本木宿に移り住んだ事で新たに寺院が必要となる。そして西暦1669年に宮寺地区から今の二本木に長福寺が移された。(二本木にあるもう一つの寺院 「寿昌寺」 もその時代に他所から移されてきた。)その際にこの地を治めていた旗本 「伊逹平八郎」 が移転・造営の出資をしたことで、今も長福寺にその霊が祀られている。
長福寺の北向き地蔵は 「イボ取り地蔵」 との呼び名もあり、イボを取り除いてくれると伝えられる。全国に 「北向き地蔵」 と呼ばれる石地蔵が存在するが、多くは特別な由来を有したり、特にご利益が大きいとされる事が多い。
台座部分に、「西国坂東秩父百箇所順礼供養佛」 との文字があり、「西国(関西)」、「坂東(関東)」、「秩父」 の計百か所の観音霊場全ての参詣を達成したことで奉納されたものと考えられる。その巡礼によって得られた多大な功徳を遠出できない地元の人々にも地蔵尊を参拝してもらうことで分け与えようとしたのだろう。
開山桃源宗悟禅師六百年遠忌記念碑
六地蔵尊
長福寺山門
山門に掛かる不尽山の扁額
廣度大願王(地蔵菩薩)
北向地蔵尊
十三重塔
百体地蔵尊碑
五重塔
庫裡
砂紋が美しい枯山水
北向地蔵尊由緒
不動尊
長福寺由緒
百体地蔵尊
百体地蔵尊
三界萬霊塔
本堂に掛かる扁額
鐘楼
長福寺本堂