この仏像は、寿昌寺観音堂の本尊で、像高は36.2㎝を測る。寄木造で眼は玉眼。上半身に天衣(肩から左右に垂らす長い布)、条帛(肩から脇に斜めにかける布)を着け、下半身は裾(腰に巻く布)をまとい、左手に蓮華を持ち、右手は与願印を結んでいる。頭部は宝髻(ほうけい)を結い、天冠台を付け、宝冠を被る。眉間には白毫(白色の玉)をもち、首に瓔珞(ようらく・珠玉を繋げた飾り)を着けている。天衣、宝冠、瓔珞、光背等は後補のものである。
 寺伝によると、詫間法眼の作とされる。法眼は、鎌倉時代末から室町時代前半の鎌倉地方造仏界で主流を担った 「詫間派仏所」 を象徴する仏師である。切れ味鋭く、写実的で精妙巧緻な彫刻表現には中国宋元美術の影響が認められ、南北朝時代の制作と推定される。
 本像は、小像ながら、この時代の特色をよく表した仏像で、市内の中世彫刻の中では際立った作品である。また、南北朝から室町時代にかけての当地域の造仏界の動静を知る上でも貴重である。
 (入間市教育委員会)

 閻魔大王は、三途の川を渡って冥府に着いた亡者の地獄行きか極楽行きかを決める十王中の代表的判官の一人である。
 この石造閻魔大王像は、享保15年(1730)4月に二本木村中宿、大森村の念仏衆、および村民によって建立されたもので、廃寺となった浄珍寺にあったものといわれている。
 丸彫りで総高120㎝、像高80㎝、笏(しゃく・一部欠失)を持ち、忿怒の形相をした道服座像で、墓地に参る人々に菩提心の喚起を呼びかけている。台石には次の銘文が刻まれている。(省略)
 (入間市教育委員会)

石造閻魔大王像説明

木造観音菩薩立像説明

本堂に掛かる寿昌禅寺の扁額

六地蔵尊

寿昌寺本堂

十三重塔

鐘楼

寛文11年(1671)の地蔵菩薩立像

木造観世音菩薩立像を祀る観音堂

享保15年(1730)の石造閻魔大王像

閻魔堂