とんぼ橋説明

 昭和53年3月に見沼代用水の分流である平柳領用堀の蓋掛け工事の際に、この場所で大きな石材5本が発見されました。そのうちの一本の側面に、次の文字が刻まれています。
   丁延寶五年 武州下足立郡鳩ヶ谷町とんぼ橋 巳三月吉日
 この刻字の延宝5年丁巳(1677)は、見沼代用水完成の51年前で、すでに開削され流れていた用水(平柳用水の前身)に架けられていた石橋だということがわかりました。
 この橋に関する記述として、江戸時代後期の文政11年(1828)に幕府によって編纂された 「新編武蔵風土記稿」 に 「橋ニヶ所、一ハ三沼(見沼)代用水堀ニ架ス。長五間幅ニ間半、吹上橋ト号ス。一ハ蜻蛉(とんぼ)橋ト呼ベル石橋ニテ、三沼用水ノ分水平柳領用水堀ニアリ」 とあります。
 石材は、相州(神奈川県)系の安山岩とみられます。
(川口市教育委員会)

とんぼ橋の遺構

千住道案内板

とんぼ橋の遺構