市神社由緒

 江戸時代に、江戸を中心に街道が整備されて、日光御成道ができました。
 日光御成道は、徳川将軍が日光参詣のための専用道として、江戸の本郷追分(東京都文京区)で中山道と分かれ、岩渕(北区)・川口・鳩ヶ谷・大門・岩槻を経て、日光街道に合流するまでの道です。
 鳩ヶ谷は、御成道の宿場町として栄え、享保16年(1731)に市が開かれました。毎月3と8の日に、市が開かれたことから、「三・八市」 と呼ばれて繁盛しました。その市の祭神が市神です。
 現在の市神社は、納められている鏡に、「奉納天保九年」 (1838)と年代が刻まれており、また、天保15年に作られた 「日光御成道分間延絵図」 の中に、社殿が描かれています。
 江戸時代の鳩ヶ谷が、経済流通の中心地であったことを立証する貴重な文化遺産です。
(川口市教育委員会)

昭和10年頃の市神社

市神さまに供えられた野菜や果物

市神社に掛かる市神宮の扁額