駒込名主屋敷説明
高木家は慶長の頃、当時伝通院領であった駒込一帯の開拓を許可され、そのまま土着したといいます。武蔵国の地誌 「新編武蔵風土記稿」 (1830年完成)に紹介されており、草創名主として位置づけられます。代々嘉平治を襲名し、農産のかたわら上駒込村(現在の駒込地区の北半)の名主役を勤めていました。
薬医門形式の表門は、宝永年間のものと伝えられています。家屋も宝永年間の創建とされますが、火災に遭って享保2年(1717)に再建されたと伝えられます。式台付の玄関は、一般の町家では許されず、格式の高いものです。
名主屋敷跡として全体の遺構をよく保存しており、貴重な文化財と言えます。指定面積は1552.56㎡で、表門、主屋、土蔵などが含まれています。
(東京都教育委員会)
庭内にある石燈籠
享保2年(1717)再建の名主屋敷家屋
駒込名主屋敷表門
都旧跡駒込名主屋敷碑