江戸時代、駒込の氏神として、神明さまと呼ばれ、里人に親しまれてきた。社伝によると、文治5年(1189)源頼朝が奥州征討(藤原泰衡追討)の途中、この地に立ち寄り、夢のお告げで、松の枝に大麻(伊勢神宮のおふだ)がかかっているのを見つけた。頼朝は、征討のよい前触れと喜び、この地に神明(天照大神)を祭ったのが、この神社の起源といわれる。社殿の様式は、神明造り。 大麻のかかっていた大木は、神木として崇められ、さしわたし4尺(1.2m)もある大木と伝えられている。
 その後、宮守りもなく神木の根元に小さな祠を残すだけとなったが、1650年頃、堀丹後守利直によって再興された。神木は、その後枯れたという。
 社殿の裏に、都立駒込病院あたりにあった 「鷹匠組」 の寄進名が刻まれた石柱が、いまも残る。
(文京区教育委員会)

境内社の鎮火稲荷神社

御神庫

神明照心魂

   寛政3年(1791)の鎌倉鶴岡八幡宮碑
(下部に道祖神・天満宮・諏訪神・山神・水神・風神と刻まれている)

自然石の天祖神社社標

天祖神社鳥居

亀石
(亀は健康長寿の象徴で金運を招くと言われる)

境内社の三社合祭社
(榊神社・須賀神社・戸隠熱田神社)

天祖神社本殿覆屋

舞殿

手水舎

寛政8年(1796)の御神燈

永代御供米碑

地区別御神庫

天祖神社拝殿

阿形の狛犬

参道

吽形の狛犬