この地蔵菩薩は、像高108㎝の立像で、右手に錫杖、左手に宝珠を持ち、左足をやや前方に踏み出した遊行の形をしている。頭部と両手足は木製、その他は漆乾製(和紙と漆)で、紙を糊で固めて形作ったものの上に補強のためにさび漆(砥粉と漆をまぜたもの)を塗り、さらに金箔を貼ってある。
法衣の一部には金泥で描かれたこまやかな文様が見られる。胴体と両袖とは別々に作られて後で丁寧にこよりでとじ付けたものである。胴体の内部は空洞になっている。
製作の年代は装飾技法などからみて江戸時代の中期とみられている。
寺伝によれば、この地蔵菩薩は静御前の念持仏と伝えられ、京都嵯峨野より静死後、ここに安置されたという。度々の水難火難に遭ったが、今日に伝えられる。
漆乾製の仏像は珍しい作で貴重なものである。

この寺は、貞観年代の慈覚大師の創建と言われ、最勝玉院とも呼ばれる台密修練の道場であった。
保元のころ、願行坊宥俊阿闍梨が下可辺の荘司であった行平という人の寄付によって再び隆盛した。鎌倉時代、伊予守源義経の愛妾静御前は、奥州にいる義経を慕って侍女琴柱と僕童を伴い旅に出たが、途中義経の悲報を聞いて、落胆のあまり病気になった。この寺で養生に努めたが、露のようにはかない生涯を閉じた。琴柱は髪を落とし、西向尼と名乗って静を弔うために、京都嵯峨野から静御前の御持仏である地蔵菩薩を持ち帰った。その後、西向尼が没してから本尊としてこの寺に祭った。
この仏像は漆乾製(和紙と漆)の立像で日本で三体だけという数少ない貴重な文化財である。

静御前の念持仏と言われる乾漆地蔵菩薩

本堂に掛かる愛宕山の扁額

天保10年(1839)の如意輪観音を刻んだ十九夜塔

宝暦12年(1762)の地蔵菩薩

経蔵院本堂

地蔵菩薩・如意輪観音

文化10年(1813)の如意輪観音を刻んだ二十二夜供養塔

本尊地蔵菩薩解説

乾漆地蔵菩薩立像解説