梅澤氏の祖先は菅原氏である。その後、北条氏の客臣となり、塚原氏と改め太郎則武と名乗った。
小田原城没落後、相模国梅澤村に住み、姓を梅澤氏と改めた。その子太郎右衛門の時、慶長5年(1500)に栗橋に移住し開墾に従事した。
元和8年(1622)4月、徳川秀忠公日光東照宮社参の折、暴風雨のため利根川が満水となり、将軍の渡る船橋が危うくなった。太郎右衛門は人夫を率いて水中に入り、命がけでこの橋の安全を守り、災難を救った。将軍はこれを賞して、関東郡代伊奈半十郎忠治を通じて貞宗の名刀・金字に日の丸の軍扇及びお墨付きを下された。

浄信寺本堂

本堂に掛かる無量山の扁額

浄信寺山門

観音堂

覆屋に安置された十九夜塔

塔の上部に如意輪観音が安置されている

梅澤太郎右衛門の墓

子育地蔵菩薩

一面六臂の青面金剛の庚申塔

安政3年(1856)の大勢至碑

くりはし八福神の寿老人