世の中の人の似顔あきたれば 閻魔や鬼の生きうつしせむ

豊原国周は、嘉永元年(1848)三代目豊国のもとに入門し、嘉永5年(1852)には豊国の役者絵の一部を描き、門人八十八と署名する。安政2年(1855)の頃より、最初の師である豊原周信と豊国の名前を合わせた画名である豊原国周と署名するようになった。

八杉峯吉之墓

南無阿弥陀仏碑

豊原国周の辞世

花井お梅は、佐倉藩の下級武士・専之助の娘に生まれ、9歳のとき養女に売られ、その後芸子となり、些細なことで付き人八杉峰吉を刺殺する。

ご本尊阿弥陀如来立像の本堂内陣

本龍寺本堂

本堂に掛かる臨川山の扁額