大阪の生まれで母は義太夫の三味線方で幼少から義太夫の芸を仕込まれ、竹本綾瀬太夫に入門し竹本綾之助を名乗る。

高村光雲作の厄除け地蔵尊

天保12年(1841)の石灯籠

飴なめ地蔵尊

初代竹本綾之助之碑

大正11年(1922)7月2日、山本春吉の五女初(当時10歳)は、深川の松村関蔵宅にて養母の兼崎まきによって折檻を受け死亡。お初の死を哀れんだ榧寺21世諦我上人が、供養のために 「お初地蔵」 を建立した。

お初地蔵尊

銅造観音菩薩坐像

寛文12年(1672)の観音菩薩、元禄6年(1693)の地蔵菩薩などの石仏

宝暦年間(1751-64)に室生寺の僧・快心の発願によって江戸の鋳物師・粉川市正が製作した。

山門脇の葛飾北斎絵 「榧寺の高灯籠」

榧(かや)寺本堂

阿弥陀如来三尊の安置された本堂内陣