これらの石塔群は、成田山新勝寺に参拝する旅人のために建てられたもので、向かって右側の道標は、歌舞伎の名優である七代目市川團十郎が、天保2年(1831)に建立し、ここから北150mに所在する加賀清水を 「天はちち 地はかかさまの 清水かな」 と詠んだ句と成田山への信心が記されています。
 中央の道標は、明治27年に信集講社の岩田長兵衛が建てたもので、成田街道添いに五基確認されています。
 左側の道標は、江戸の豪商・古帳庵夫妻が天保11年(1840)に大和田原(現八千代市)の情景を詠んだ自作の句を刻んで建てられました。三基の道標は、当初は現在の場所から西側の道路角にあったものを移設しました。
 中央奥の常夜燈は、文政10年(1827)に加賀清水の水を汲み、茶を振る舞って繁盛していた林屋の前に建てられ、今も当時と同じ場所にあります。林屋は、「三峰山道中記図絵」(明治4年)に描かれ、「御贔屓の恵も厚きはやしやと人にたてられ石の燈籠」と詠まれており、当時の賑わいがうかがえます。
   (佐倉市教育委員会)

成田山 信集講社 岩田長兵衛

船橋へ四里 成田山五里半
  春駒やここも小金の原つつき (古帳女)
  立ちとまりたちとまる野や舞雲雀 (古帳庵)

天保2年(1831)に七代目市川團十郎が建てた道標

天保11年(1840)に豪商・古帳庵夫妻が建てた道標

明治27年(1894)に信集講社の岩田長兵衛が建てた道標

文政10年(1827)の常夜燈

成田山道 是より北へ半丁清水原中有

成田道道標と常夜燈解説

文政10年(1827)の常夜燈

道標3基

天はちち 地はかかさまの 清水可那