これは、貞福寺の本尊とされた 「血流地蔵」 を案内する道標です。江戸深川の人たちによって、享和3年(1803)に、ここ新木戸三叉路に建てられました。次のような銘文が刻まれています。
(正面) 血流地蔵道 壹里
(左面) 貞福寺
(右面) 右江成田 左江江戸道
(背面) 江戸深川 享和三年
貞福寺は、ここから左に入り木下街道を4㎞ほど進んだ吉橋にあります。
吉橋には 「吉橋城主高木伊勢守胤貞が後北条氏に滅ぼされたあと、主君の守り本尊を遺臣が血流地蔵として貞福寺に祀った」 という伝承があります。
この道標は、今まで上部だけがここに置いてあり、下半分は道路工事のために側溝の下に埋まっていました。八千代市郷土歴史研究会では、江戸時代の貞福寺参詣の貴重な資料であることに注目し、八千代市の平成12年度市民企画提案事業としてこの道標下部を発掘し、形を整えて復元設置しました。向かい側の
「成田山」 道標とともに、交通史の重要な文化財として、後世に伝えていきたいと願っています。
(八千代市郷土歴史研究会・愛宕山貞福寺)
血流地蔵道道標
血流地蔵道道標解説
八千代市歴史散歩コース標識