小説 「鬼平犯科帳 麻布ねずみ坂」 に登場する料亭で、この辺りにあったとされています。この小説には、裏の世界の人間がたくさん出てきます。羽沢の喜兵衛もその一人です。表向きは両国で 「井筒」 という大きな料亭を経営していますが、裏では土地の盛り場ににらみをきかす香具師の元締で、江戸市中の暗黒街では知らない者はいません。大阪でたいへん羽振りがいい香具師の元締、白子の菊右衛門と親交が深く、その菊右衛門の依頼で、鬼平を暗殺しようとします。
 その計画は失敗に終りますが、嘉兵衛はその後も鬼平の手を焼かせます。
墨田区

鬼平情景・料亭 「井筒」 説明板

 現代に伝わっている江戸前の握り鮨ができたのは、約200年前の文政年間で、小泉与兵衛が考案したといわれています。
 当時は鮨といえば大坂風の押し鮨ばかりだったところを、酢で締めた飯の上に、ワサビを挟んでネタを乗せて握られたものを屋台で立喰いするという新しいスタイルは、一挙に江戸っ子の人気となりました。
 与兵衛は、握り鮨を岡持ちに入れて盛り場を売り歩くことから始め、屋台、裏店での店売りを経て、文政7年(1824)に元町(両国一丁目)に 「華屋」 という屋号の店を開き大繁盛しました。この成功によって鮨屋という形態が確立し、その軒数が増えるに従って、職人が腕を競うようになり、一大食文化を築きました。
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与兵衛すし跡説明板