明治22年(1889)4月、正岡子規は水戸街道を東京から水戸までの徒歩旅行をした。水戸の親友・菊池謙二郎を訪ねるのが目的で、4泊5日旅行の様子は数十の初句とともに「水戸紀行(子規著)」に記されている。土浦を通過した折、真鍋の公園地と呼ばれていて茶屋が点在する高台に登って霞ヶ浦を眺め、
  「霞みながら 春雨ふるや 湖の上」
と詠んだ。常陽新聞によると、当時の高台は戦前の国道6号線工事のため削られ、現在は存在しない。真延寺境内からも街並みの先に湖を展望できることから、霞ヶ浦を詠んだ子規の名句を多くの方に知っていただいきたと、この句碑を建てた。

山門と石段参道

本堂に掛かる億萬山の扁額

真延寺本堂

境内から土浦市内を遠望

正岡子規句碑

七福神

ご本尊の七福神を祀る本堂内陣

手水石

絵馬掛け