昭和24年12月26日拂暁當地を襲ひたる前古未曽有の大震災は百有余年間地方住民の繁栄生存の動脈たる當ニ宮堀を一瞬にして潰滅し住民をして絶望の渕に陥いれたり尓后関係官民各位の熱烈なる指導と地元住民の心血を注ぎたる郷土愛に依り昭和26年22日遂に竣工を見たり仍って茲に碑を建て火實を記録し後世に傳ふるものなり

昭和24年(1949)の震災復興記念碑

大正10年(1921)の石燈籠

 江戸時代の元禄、天明、天保等の大飢饉で、日光神領の村々は、餓死者や倒産の家が多発した。このため、村民は協同で郷倉を建て、不作の時に困らないように貯穀をした。
 この文挟宿郷倉は、江戸末期に栗材でしっかりと建てられたもので、当時の稗(ひえ)も発見されている。
 農民共済の実をあげたこの郷倉は、わずかに残っている貴重な建物である。
(日光市教育委員会)

大正10年(1921)の神田寄付記念碑

市指定有形文化財の文挟宿郷倉

星宮神社に祀られる石仏

昭和3年(1928)の二荒山神社石鳥居

屋根付きの両部鳥居

二荒山神社拝殿

昭和24年(1949)の境内地譲与記念碑

境内社の粟島神社

境内社の愛宕神社

境内社の子之神社

境内社の神明宮

境内社の八坂神社

境内社の三光神社(自然石)

境内社の稲荷神社

境内社の石尊神社

境内社の星宮神社

昭和時代の五重塔