当山は例幣使街道に沿い、江戸時代将軍諸大名及び旅人が日光廟の参詣のみぎり、陣屋として憩いの一時を過ごし大いに盛えた故事来歴があり、同所の不動堂に祀られている不動明王、弘法大師両尊像に参詣したる故事が伝承されております。両尊像とも古く、室町初期運慶派の高弟の作と賞されております。又霊頑顕著の徳に修験行者が宿坊として参籠宿泊して加持祈祷の火渡りの荒行を行いました。
山上よりの眺望、南に富士の霊峰、筑波山、北に男体連山、白根の連峰を一望できる天下の絶景はしばし旅の疲れを忘却され、わらじのひもを締め直し、日光に上ったといい伝えられております。
不動明王の御縁日には、茶店も設置され県内外より多数の信奉者の参詣者にて、終日大盛況の賑わいであったと謂われて居ります。
戊辰会津戦争の際、幕府と官軍との戦闘があり、当地に多数の犠牲者が出来、その方々の墓地があり厚くご冥福をお祈り申し上げております。
この度世話人並び御賛同者の温かき御浄財を賜わり、心の御堂として子々孫々に伝承出来得る輝かしき御堂として、再建出来ましたる事厚く御礼申し上げます。
平成6年5月吉日 合掌堂主亀山勝男
成田不動尊由緒碑
御成橋
日光連山遠望
成田山参道石段
石燈籠の先の段上に御堂がある
下野成田山不動堂
休憩施設
石仏と明治時代の石祠・石燈籠
御堂に掛かる龍の彫刻の不動尊扁額
霊木