聖観音菩薩

子育地蔵菩薩 ・ 寛政9年(1797)の如意輪観音 ・ 延宝5年(1677)の阿弥陀如来

七福神

 当観音堂は、本尊千手千眼観世音菩薩を祭る。その初期は徳川家二代将軍秀忠公の乳母を務めた正心院日幸大姉(慶長15年1月26日江戸城内にて没した)の持仏であった千手観音を、その子岡部主人が所領の地であった菅谷の地に一宇を建立し、持仏の千手観音を祭り、母の菩提供養を行い以後家臣の多田家に守護を任せてきたものである。
 昭和3年(1928)菅谷大火により堂宇本尊は悉く焼失せり、その後昭和22年(1947)に仮堂に千手観音を拝請し、昭和62年に現在の堂を建立し、新たに本尊千手観音龍頭観音一葉観音を寺族長谷川澄子が寄付並びに西国坂東秩父の百体観音を中島操夫妻が寄付されている。

千手観音が祀られた観音堂内陣

観音堂天井に画かれた36体観音像

観音堂の扁額

観音堂

鎮守堂

鐘楼

東昌寺本堂

本堂に掛かる東昌禅寺の扁額

本堂内陣

吽形の仁王像

阿形の仁王像

東昌寺山門 (仁王門)

山門に掛かる長慶山の扁額

西方広目天王    北方多聞天王

東方持国天王    南方増長天王