この二つの道標は、環状八号線の工事により元の位置から8mほど西側に移動し、現在の場所に設置されたものです。
移転前は、相模の大山への道しるべとして、また東高野山への道しるべとして江戸方面から来る人々のため、東南東の向きに置かれていました。現在は見学しやすいよう向きを変えています。(練馬区教育委員会)

下練馬の大山道道標
旧川越街道とふじ大山道の分岐点に宝暦3年(1753)8月、下練馬村講中によって建てられた道標です。上部の不動明王像は後に製作されたものです。
江戸時代に盛んであった富士・大山信仰に関する資料として貴重なものです。(練馬区教育委員会)

東高野山道標
「左東高野山道」 と刻まれた角柱は、高野台三丁目の長命寺への道しるべです。長命寺は紀伊の高野山を模して伽藍を整え、山号を東高野山と称しています。(練馬区教育委員会)

道標の上に乗った不動明王

長命寺道標

宝暦3年(1753)の大山道道標

道標右側

「左東高野山道」 と刻まれている。

「天下泰平国土安全 従是大山道」 と刻まれている。

「武州豊嶋郡下練馬村」 と刻まれている。