玉川上水は、江戸時代の承応2年(1653)に、多摩川上流の羽村に取水口を設け、四谷大木戸までの全長約43㎞にわたって開削された上水道です。
 老中松平伊豆守信綱が総奉行、伊奈半十郎忠治を水道奉行とし、庄右衛門・清右衛門兄弟の手によって開削工事は着工されました。兄弟は難工事に失敗を重ね、信綱の家臣安松金右衛門吉実が改めて工事を行い成功させたとの説もあります。
 この事業は、羽村から四谷大木戸まで堀り割りを造って上水を引くという大工事でしたが、同年11月に四谷大木戸まで、翌年6月には江戸市中までそれぞれ完成し、通水を開始しました。
 その功績によって、庄右衛門・清右衛門兄弟は玉川の姓を名乗ることを許されたと言われています。
 上水は、江戸市中の生活用水として使われましたが、その余水は農業用水にも用いられました。また、その落水を利用して水車を動かすなど、この渋谷にも限りない恩恵を与えてくれました。
 平成15年に開削350周年を迎えた玉川上水は、同年8月27日に国指定の史跡となりました。
 渋谷区教育委員会

第三号橋上流方向

第三号橋下流域

橋の袂にある玉川上水解説

下流から見た第三号橋

橋下から開渠となり、暗渠部分に入れないように鉄柵が設けられている

住宅街の中を緩やかに流れる開放的な空間が続く

正面の笹塚駅前から第三号橋まで遊歩道となっている

第三号橋(だいさんごうばし)橋標