摂政宮殿下御野立之跡碑

草刈の碑

オブジェ 「月を射る」

旧岩淵水門解説

旧岩淵水門

旧岩淵水門・岩淵水門航空写真

 昔、荒川下流部分は現在の隅田川の部分を流れていましたが、川幅がせまく、堤防も低かったので大雨や台風の洪水被害をたびたび受けていました。そのため、明治44年から昭和5年にかけて新しく河口までの約22kmの区間に人工的に掘られた川(放水路)を造り、洪水をこの幅の広い放水路(現在の荒川)から流すことにしました。
 現在の荒川と隅田川の分かれる地点に、大正5年から大正13年にかけて造られたのが、子の旧岩淵水門(赤水門)です。その後、旧岩淵水門の老朽化などにともない、昭和50年から新しい水門(旧岩淵水門の下流に造られた青い水門)に引き継がれました。
 長年、流域の人々を洪水から守り、地元の人たちに親しまれた旧岩淵水門は現在子供たちの学習の場や、人々の憩の場として保存されています。
 近代化産業遺産の価値を顕在化させ、地域活性化に役立てることを目的として経済産業省は平成19年度に国や地域の発展において貢献してきた建造物、機械、文書などを対象に「近代産業遺産群33」を取りまとめました。平成20年度には、その中の「国土の安全を高め都市生活や産業発展の礎となった治水・砂防の歩みを物語る近代化産業遺産群」において「旧岩淵水門及び荒川放水路」が認定されました。
 このほかにも旧岩淵水門は 「日本の近代土木遺産」 「東京都選定歴史的建造物」 「北区景観百選」 に認定されています。

大正13年(1924)10月25日

荒川リバーアートコンテスト特賞を受賞した青野正さん作品

昭和13年8月から行われた 「全日本草刈選手権」 を記念して昭和32年に建立された