多門寺
延宝8年(1680)の庚申塔
毘沙門天のご真言は、「ヲンベイシラマンダヤソワカ」 と本堂に表示されている。
青面金剛の庚申塔
東京大空襲43回目の1945年4月13日の深夜に焼かれた木
常楽供養塔という永代供養墓
東京大空襲で被災した浅草国際劇場の鉄骨
本堂の御開帳は、正月1日~7日となっているため、ご本尊の毘沙門天は拝むことが出来なかった。ご本尊の毘沙門天は弘法大師の作といわれる。
平和観音
山門中央の 「隅田山」 と記された山号額の裏に 「明和9年(1772)」 と彫られており、現存する墨田区内最古の建造物として区登録有形文化財となっている。
茅ぶきの屋根は趣があるが、当時は朱塗りの瓦ぶきの屋根であったという。
六地蔵座像で右から正徳3年(1713)、正徳4年(1714)、正徳3年、正徳2年(1712)、享保元年(1716)、享保3年(1719)
村人達は、本堂の前に住む狸の悪戯に悩んでいた。その村人を毘沙門天門下の禅尼師童子が狸を懲らしめて救ったという伝説がある。