隅田川七福神へ

三囲神社

山吹も柳の糸のはらミかな
白露や無分別なる置どこ

宗因白露の句碑

其角惜春の句碑

三越でパートの創始者で、石垣には 「いしがきの 小石大石持合ひて 御代はゆるがぬ 松ヶ枝の色」 と刻まれている。

大国神・恵比寿神

白狐祠を守る老翁老媼の石像

白狐祠

目尻のさがった温和な表情をここいら辺の職人言葉で 「みめぐりのコンコンさんみてぇだ」 と言ったそうである。向店は越後屋本店 (ほんだな) の道をへだてた向いにあって木綿を主に扱っていた。

三囲のコンコンさん

客に出す茶の湯を沸かす台で明治29年から昭和初期まで実際に使われていた。○に 「越」 は三越の商標の範形といわれる。

銅壷の台石

三囲神社本堂の狛犬

~境内末社多く、中にも大国神、恵比寿神は隅田川七福神の一として其名高く、額殿に奉掲せる額は三井家に関係のもの大部を占め~

三囲講(由緒書)

三囲神社本堂

三井家の先祖を祀る顕名(あきな)霊社

三角石鳥居で三井邸から移した。原形は京都太秦・木島神社にある。

元禄6年(1693)は大変な干ばつで、秋の収穫を心配して困りきった小梅村の人々は三囲神社に集まり、鉦や太鼓を打ち雨乞いをしていました。ちょうど三囲神社に詣でた俳人其角が、このありさまをみて、能因法師などの雨乞の故事にならい 「遊ふた地や田を見めぐりの神ならば」 と詠んだ。

宝井其角の句碑

三越の旧池袋店から移した三越のシンボルであるライオン像は、大正3年当時の三越呉服店を率いた日比翁助がライオンを大いに好み、三越本店に一対のライオン像を据えたのにはじまる。

三囲のライオン像

日比翁助 石垣の歌碑