弘福寺
池田冠山は、明和4年(1767)に生まれた因幡若桜藩主で、学問に秀で、諸芸にも通じ、毛利高標・市橋長昭と併せて 「寛政の文学三侯」 と称された。
亀の台座に乗った池田冠山の墓碑
古くから喉の爺婆尊と称され、口中に病があるものは爺に、
咳を病むものは婆に祈願し、全快を得た折には、炒り豆と番茶を添えて供養する風習だった。
翁媼尊(じじばばそん)
亀の台座に乗った寺建立碑
本堂の鬼瓦
布袋尊は七福神の中で唯一実在した中国の禅僧で弥勒の化身といわれる。本堂が改修中であり庫裡の隣に安置されていたため間近で拝顔できた。
布袋尊碑
中国風の特色をもつ鐘楼
弘福寺山門は、二重になった急な湾曲の瓦屋根をもち、禅宗の黄檗宗の特色のある唐風の珍らしい建築である。