うずらもちの由来

三角形の姥捨山

段々になった田圃

当時、神社の東側の千曲川河原は葺藪で、数百数千ものうずらが群生しており、その群れ遊ぶ姿を諏訪の建築家であり彫刻家でもある立川和四郎富昌が本殿の大黒柱の両側に4羽ずつ彫刻したそうです。このように、神社とうずらとの関係が深いことにちなんで神社西隣りにあるホテルうづらやの初代・武井音兵衛が創始したのが「うづらもち」です。

朝6時で曇りということもあり霞んで見えている