徳川3代将軍家光が休憩所として、寛永3年(1626)野地城にお茶屋御殿(野地城御殿)を建てられた。
 姫街道から南に分かれて野地城址まで続く一本道を、今でも 「御殿道」 と呼んでいる。
 寛永11年(1654)徳川家光は上洛のとき、行きも帰りも姫街道を通り、野地城御殿で昼休みをとった。

馬渡橋上流域

馬渡橋下流域

馬渡橋(まわたりはし)橋標

御殿道解説

南に延びる御殿道