近江路や 秋の草つはなのみにして 花咲くのべぞ 何処ともなき

 将軍のお供をして富士を見に行く途上、秋の近江路を草津まで来たが、草津とは名ばかりで、秋の草花が咲いた美しい野辺を思い描いていただけに心寂しい思いをするものだよ。

 この歌は 「覧富士記」 に収められており、尭考法師の作といわれている。室町時代の歌人で頓阿の曽孫。常光院と号し応永21年(1414)には二条派の中心歌人であった。
 正長元年(1428)足利義教が幕府で歌会を開いて以来飛鳥井家の人々の中心メンバーであり、貞享4年(1432)の富士見にお供して 「覧富士記」 を残した。尭考法師が東常縁(とうのつねのり)に伝えた古今伝授は、後、宗祇(近江出身)に継承された。

尭考歌碑説明

堯孝法師歌碑

ランナーの像

近江路や 秋の草つはなのみして 花咲くのべぞ 何處ともなき

草津町道路元標