室町時代以前は、天台宗の寺院で唯稱庵と呼ばれていたが、永正年間(1504-21)に改宗、浄土真宗の末流となり唯稱寺と改まる。寛永2年(1625)火災により本堂、庫裡焼失するも、元文2年(1737)第7世釈浄航によって再建され今日にいたる。
開基は相州南湖村(神奈川県)の出身で、俗称山下、通称次郎輔正義と名乗り真宗に帰依し、山科御本廟改修の際、自ら陣頭に立ち工事にあたった。その功績によって蓮如上人より
「六字名号」 と法名 「釈浄休」 を賜る。後にこの地で真宗安心の法義を説き、唯稱寺第1世住職となる。現在は第15世釈道彦である。
当寺には、彦根市指定文化財の 「絹本着色浄土変相図」 と 「刺繍阿弥陀来迎図」 の2幅の軸がある。
(大堀町史跡顕彰委員会)
親鸞聖人像
蓮如上人五百回遠忌法要記念
山門に掛かる鳥籠山の扁額
山門
鐘楼
唯稱寺本堂
鳥籠山唯稱寺(ちょうろうざんゆいしょうじ)由緒