万治元年(1658)の赤玉神教丸本舗は、今も昔ながらの製法を伝えています。
 有川家の先祖は磯野丹波守に仕え、鵜川氏を名乗っていましたが、有栖川宮家への出入を許されたことが縁で有川姓を名乗るようになりました。
 近江名所図会に描かれたように店頭販売を主とし、中山道を往来する旅人は競って赤玉神教丸を買い求めました。
 現在の建物は宝暦年間(1751-64)に建てられたもので、右手の建物は明治11年(1878)明治天皇北陸巡幸の際に増築され、休憩所となりました。

有川家前の街道

赤玉神教丸有川家説明

明治天皇鳥居本御小休所碑

枡形角に建つ有川家主屋

明治天皇鳥居本御小休所碑の立つ表門

赤玉神教丸の暖簾が下がる入口

近江名所図会に描かれた神教丸

透かし彫りのある神教丸の看板

本家赤玉神教丸の木製看板

神教丸の木製看板