本陣 南部辰右衛門 (明治天皇行在所)
十四代将軍 徳川家茂(和宮夫君)第二次長州征伐途上慶應元年閏5月14日柏原宿本陣宿泊
本陣は、大名・幕府役人・宮家・公卿・高僧他貴人が利用する公的休泊施設である。
柏原宿は江戸時代を通し南部家が本陣役を務めている。間口はこの家の両隣を合わせた広さで、屋敷は526坪、建坪は138坪あった。建物は皇女和宮宿泊の時、新築されたも云われる。
明治になり、柏原小学校前身の開文学校はここに創設された。
その後建物は明治中期に岐阜県垂井の南宮神社宮司宅へ移築された。
柏原本陣跡説明
文久元年(1861)皇女和宮宿泊 柏原宿本陣跡地
渋谷酒店に掲げられた俳句
柏原宿本陣南部家「風雅の道」
20世・中興4代 辰右衛門実村(俳号・流木堂江水)
芭蕉と同じ時代の人、ともに貞門の流れを歩み、数冊の句集を編纂。
「元禄百人句」
次の夜は唯ひとりゆくすずみ哉 (江水自作)
「柏原句集」
しら梅の花より上はいぶきかな (谷木因)
行暮れて蚊屋釣草にほたる哉 (各務支考)
25世・中興9代 辰右衛門実堅
萬代の霜をかさねて住みよしの
きしの姫まつ神さびにけり
本陣年寄看板
東の庄屋吉村武右衛門跡
渋谷酒店(渋谷佐治郎店)