当宿は美濃国と近江国の境の宿として栄えました。215坪の本陣が1軒で、現在の小学校と支所付近一帯に位置していました。また脇本陣は美濃16宿の中でも当宿のみ2軒あり、各々現在の小学校駐車場付近辺りにあったのです。
 後者河内家の母屋は寛政年間に現米原市伊吹町の杉沢地内妙応寺末寺玉泉寺に移築され、当時の面影を今に伝えています。
 なお関ヶ原合戦の翌日、佐和山城攻めに際し、家康が本陣伊藤家の庭先で休息した折、腰掛けたという石は、現在東照宮大権現腰掛石として青坂神社境内で保存展示されています。
 (関ヶ原町)

中山道今須宿本陣跡・脇本陣跡説明

中山道今須宿碑