中山道北側の谷に水田を拓いた鵜沼東町の梅田吉三郎の顕彰碑である。

文化11年(1814)の釈迦如来像

合戸(かっこ)池

 江戸時代は、現在よりも小さかったが農業用水ととして利用されていた。明治24年(1891)の濃尾震災で決壊したが、翌年に修復された。

昭和11年(1936)の梅田吉三郎之碑