法華経塚と飛騨街道追分 法華経塚は、埋葬地(墓地)の入口に建てられた石碑だったと言われています。ここから少し東に行くと、飛騨高山へ向かう飛騨街道の追分があります。 現在、ここから東に進んだ神明堂の交差点付近には、明治時代に伊藤萬蔵により建立された中山道と飛騨街道の道標が残っています。
文政3年(1820)の水盤
明治5年(1872)の三面馬頭観音
南無妙法蓮華経題目碑