中山道を旅する人々にとって、一呑清水は喉の渇きを潤し、旅の疲れを癒す憩の場所でした。
 江戸時代末期、将軍家降嫁のために江戸へ向かった皇女和宮は、道中この清水を賞味したところ大層気に入り、のちの上洛の際に、永保寺(現岐阜県多治見市)にてわざわざここから清水を取り寄せ、点茶をしたと伝えられています。

中山道一呑の清水碑

地蔵菩薩(左)、判読できない石碑(右)

一呑清水の説明碑

一呑の清水

 <岐阜県銘水50選に選ばれている>

右 中山道石畳

左 舳五山茶園